エリザベス・ギルバートに会ってきた
私はライターとして、数年に一回くらいの頻度で、「ですます」調と「である」調を行ったり来たりしています。このニュースレターでも2021年くらいまでは「である」調で書いていたのに、それから「ですます」調に変えました。今回、再び心境の変化が起こり、これからしばらくは「である」調で書いていくことにします。
2022年、たしかクリスマスの時期、スマホをスクロールしていて、「Eat, Pray, Love 食べて、祈って、恋をして」や「Big Magic『夢中になる』ことから始めよう」の著者、エリザベス・ギルバートがビクトリアに講演に来ることを知った。2023年4月のイベントで、その時にはずっと先のことに思えたけど、チケットを見てみたらまだかなり席があったので、Meet & Greet付きのVIPチケットを購入した。
それから数ヶ月、このイベントのことを忘れてかけていたけど、気がついたら当日になっていた。偶然見かけて半ば衝動的にチケットを買ったので、友達を誘ったりすることもなく、一人で行くことに。もともと「おひとりさま」での行動は苦にならないタイプだし、小さな街ビクトリアのことだから、きっと誰か知っている人も来るはず、と思って会場の大学へ向かった。
事前に、イベント担当者に、「Meet&Greetの時に著書にサインをしてもらえるのか?」ということを質問したのだけど、「わからない」という回答だった。私はエリザベス・ギルバートの本は Eat, Pray, Love(友人にもらったので表紙をめくったところに友人のコメントが書かれている)と、Big Magicを持っていて、今回のトークはCreativity(創造性)に関するものだったので、やっぱBig Magicでしょ、と、念の為持参した。
会場の10分前に到着するとすでに20人くらい人が集まっていた。95%が女性。そこに、彼女の著書を売るテーブルがあったので、「本を持ってきてるんですけどサインしてもらえるんでしょうか」と聞いたところ、「今日ここで売っている本には彼女が先ほどサインしてくれましたが、おそらく今日その場でサインはしてもらえないのでは」との答え。うーん、残念だけど仕方がない。
しばらく待っていると、案の定知っている顔を見かけた。
今年26歳になる長男が、高校生の時に付き合っていたガールフレンドCとその母親Mだった。二人が付き合っていた頃、かれこれ8年くらい前は、家族ぐるみのつきあいだった。母親のMは画家で、SNSで繋がっているのでよく作品をアップしているのを見ていたけど、Cは最近の若い人らしくほとんどSNSに投稿しないので、顔を見るのも本当に久しぶりだった。Cは高校卒業後、インテリアデザインを学ぶためバンクーバーのカレッジに進学し、ビクトリアの大学に進んだ長男とは遠距離(と言ってもいつでも行き来できる距離だけど)になり、そのうちうまくいかなくなって別れてしまった。それでも、喧嘩別れなどではなく、長男がトロントに引っ越す前には二人でお茶に行ったことを知っているので、一応友達として仲良くしているようだった。
長男はこれまでに何人かガールフレンドを紹介してくれたことがあったけど、Cはその中でも私と夫のお気に入りだった。高校生なのにとてもしっかりしていて、たまに会うと大人のように世間話ができ、可愛らしくて、古臭い考え方であることは十分承知しているが、当時は「お嫁に欲しい」と思えるタイプの子だった。きっと、長男と付き合っているとかは関係なく、全く別のところで知り合っていても可愛がっていただろうと思う。
私は彼女はバンクーバーのカレッジに行ったあと、てっきりバンクーバーに住んでいると思っていたので、偶然彼女と母親に会ってびっくりした。
ひとしきり近況を報告しあったあと、このイベントのチケットは同行していたMの友達がまとめて買ったもので、Cは、エリザベス・ギルバートの本を読んだことはなかったものの、誘われるがままについてきたらしい。
Cに「エリザベス・ギルバートってブレネー・ブラウン系?の人でしょ、だからあなたも来るんじゃないかと思ってた」と言われて、するどい、と笑い合った。
そのうち開場になり、「Meet&Greetの人は入ってください、ステージの上でフォトグラファーがエリザベスとの写真を撮ります」と説明があった。ホールに入り、なんとなく列を作って並んでいると、ステージ上に、エリザベスとフォトグラファーが登場!イベントオーガナイザーから、「写真は全て明日アップロードされますのでこのQRコードの写真を撮っておいてください」と説明がある。
MとCとその友人と私で一緒に並んでいたのだが、私たちの番がくるまでしばらく時間がありそうだったので、バッグやジャケットを席に置きましょう、ということになった。チケットを見てみると、なんとCと私は隣同士の席だった!お互い来ることも知らず、別々にチケットを買ったのに、すごい偶然だ。
英語に、Don't meet your heroesというフレーズがある。ヒーローには会うな、という意味だが、有名人や憧れている人に実際に会ってもがっかりすることがほとんどだからできた言い回しだろう。私は幸いこれまで自分が憧れている人に会ってがっかりしたことはないけど、昔、ディズニーランドでのイベントで有名人と写真を撮ってもらうようお願いして愛想が悪くてちぇっと思ったことはある。別に特にその人のファンというわけではなかったので、傷ついたりとかはしなかった。
憧れていて、尊敬していて、しかも自分と明らかに違う世界に住んでいる有名人に会うというのは、私にとってはとてもヴァルネラブルな体験だ。こっちはその人に会うことで気分が盛り上がっているけど、相手はきっと仕事として仕方なくやってるんだろうな、とか、「あなたのファンです!」とか言っても相手は同じようなことを方々で散々言われているだろうから、響かないだろうな、とか色々と考えてしまうのだ。いろんな都市をツアーで巡り、ホテル滞在もきっと飽きるし疲れているだろう時に、数百人の初対面の人たちを相手に、フレンドリーな態度で接するということこそ、まさにアート、技だと思う。私には絶対できない。
私がこれまでに会った有名人のなかで、Meet & Greetが超上手かったのがユーモアたっぷりのエッセイを書くDavid Sedarisだった。親日家と言うことを知っていたので「日本に最後に行ったのはいつですか?」と聞いたらいろいろ話してくれた。息子にあげるために著書にサインをお願いしたら「Your mother enchanted me with her beautiful nails」と書いてくれた。私だけではなく、誰ともそれぞれ違う話をして盛り上がっていたので、この人には世間話の才能があるんだなあとすごく感心したことを覚えている。
有名人と会う時、いつも思い出すのが、ある時偶然見た動画だ。誰だったか思い出せないが、ある人が、オプラ・ウィンフリーにMeet & Greetで会った時、オプラがすぐに「あなたの身の上話は聞きたくないから」と言ったそうだ。それだけ聞くと、失礼な人のように感じるけど、毎日何百という初対面の人に、いかに彼女の本やTV番組がその人の人生を変えたか、ということを延々と聞かされるというのもかなりしんどいだろうなと思う。その代わり、最初に「身の上話はご遠慮ください」という旨を伝えるというのは、すごいバウンダリーだなと感心した記憶がある。
だから、私も、エリザベス・ギルバートにダラダラと自分の話をしてうんざりされることは避けたいと思った。
ステージの上でファンと会話し、写真にポーズしているエリザベスは、何度もSNSのインタビュー動画などで見ている様子と変わらず、最初の印象は「SNSでみるのと変わらないな」だった。ピンクのジャケットにジーンズにスニーカーが可愛かった。
そのうち、私たちのグループもステージに登り、あと数人で私たちの番になった。
MとCとその友人は、グループで写真を撮ってもらっていた。その次、ついに私の番がやってきた。エリザベスは、SNSで見たり聞いたりしたのと全く同じトーンで、ハローと言ってくれて、ハグをした。その瞬間、緊張して何を言っていいのか分からず、「I don't know what to say.」と言うと「You don't have to say anything.」と優しく言われた。急いで、エリザベスの「ハチドリの飛行」のことを日本語のブログに書いたことがあること、今でも一番多く読まれているポストであることを話すと、「Thank you. Thank you for helping」と言われた。エリザベス・ギルバートは、終始優しい話し方をする人だった。そして私のMeet & Greetは一瞬で終わった。
感想としては、めちゃくちゃ盛り上がったわけでもなく、かといってがっかりしたこともなく、まあこんなもんだよね、という感じ。
終わったことで、緊張が解け、あとはトークを楽しむだけだとリラックスできた。Meet & Greetの列はまだ長いので、トークが始まるまでの間、Cとおやつを買いにキャンパス内のスタバまで歩いた。
Cは建築事務所に就職したものの、下っ端なのでデザインのソフトウェアでクライアントの希望に沿ったデザインを作っては上司に提出し、パンデミックのせいでオフィスにも行けず、毎日家でひたすらデザインをするという生活に少し疲れていて、辞めたのだと話してくれた。今はビクトリアの実家に戻り、お金を貯めて、ヨーロッパに移ろうと考えているのだと話してくれた。日本で友達がスキーのインストラクターで行くので、日本にも寄りたいと話していた。
スナックを買って会場に戻ったあとも、いわゆる「タイプA」の優等生だった彼女が人と比べることをやめようと思ったことについても色々話してくれて嬉しかった。彼女は家族とも仲が良いが、親というものは無意識のうちに自分の子供には「こうして欲しい」という願望を押し付けてしまいがちだと思う。Cも、親でもなく、今となっては「将来の義母」でもない私に、あまり忖度せずに正直に話してくれている印象を受けた。
「若い時は色々考えて悩んじゃうのは普通だと思うよ。その代わりトシ取ると、他人が自分をどう思うかってほんと気にならなくなるから楽だよ」と言った。「そのWisdomを若いことに学べれば、人生ずっと生きやすくなると思うんだけどねえ」と言うと、Cは「人が自分をどう思っているか気にならなくなったのっていつ頃?」などいろんな質問をしてきた。
思いがけず息子の元カノと深い話ができて嬉しかった。そう言うしているうちに会場が暗くなり、エリザベスが登場した。
パンデミック後の最初のツアーということだったが、話している内容はおそらくパンデミック前のものと同じことだと思われた。それでも私は聞くのは初めてだったのでとても楽しく聴けた。
思いがけず、エリザベスのトークは、私は彼女とのMeet & Greetを待っている間に考えていたことと繋がっていた。